徹底的な顧客志向が莫大な利益を生む

 アサヒビールは昭和24年に36%を占めていた売り上げのシェアを昭和60年には10%まで下げ、社内は沈滞ムードに包まれていました。わずか10%ながら黒字を維持しており、給料は滞りなく支払われていたので、現状を変えようと言いだす者もなく、何もしないまま経営環境はじわじわと悪くなる一方で、バブル崩壊後の日本を象徴するような打つ手のない状態でした。

 このままでは、本当に沈没してしまうとメインバンクの住友銀行から派遣された村井勉社長が中心となって組織改革が始まりました。
 まず、経営陣が集まって「経営理念」づくりに手がけました。できあがったのが、「〜すべての人々が健康で豊かな生活が送れるように〜」というフレーズです。

 それから、次長、課長レベルが集まって、どうすれば会社を変えられるか真剣に議論しました。そこで、明らかになったのが、営業と製造のセクショナリズムの壁でした。営業は製造に「おいしいビールをつくらないから売れないんだ」とののしります。製造は営業に「おまえたちが頑張って売らないからだ」と言い返します。合宿の中ではじめは喧嘩ごしだったお互いがとことん話し合い、達した結論は、意識を変えなければいけないという当たり前のものでした。
 
でも、この意識を変えるという作業がどれほど困難なものであるかは、企業によらず個人の生活を振り返っても容易にわかることです。アサヒは、意識の改革を実行性のあるものにするため、次の2つのドメイン・コンセンサスを策定しました。

○消費者のニーズに沿っ商品づくり
○すばやい行動


 このドメイン・コンセンサスに基づき、プロジェクトが打ち出した方針は、それまでのアサヒビールの価値をひっくり返すものでした。まず、アサヒビールのラベルの変更しようというものです。アサヒビールのラベルは「日の出マーク」だったのを皆さん覚えてらっしゃいますか。それだけも、古参の従業員には大きな抵抗があるのに、さらに、ビールの味まで変えようという提案が出されたのです。ビールの味は重くて苦い(ラガー)がその頃の常識でした。

 ラベルも味も変えようとするわけですから、社内のベテランから猛反対が出たことは言うまでもありません。ラベルはともかく、味は、「消費者のニーズに沿った商品づくり」に基づき、5千人の消費者を対象に実験したビールの嗜好に対する調査結果に基づくものでした。ビールの味を重くて苦い味から、「こく」(口に含んだうまさ)と「きれ」(のどごしの爽快感)に変えることにしたのです。

 販売が市場調査を行い、製造がその結果に基づき新しいビールを製造しました。さらに、両者はお互いに協力し合い、「スーパードライ」を製造し、やがて「キリン」からトップの座を奪い取るまで成長することは、皆様ご承知のとおりです。

 このように「企業ドメイン」とは、低成長時代の八方ふさがりの状態から、抜け出すための強力な作戦の一つなのです。 はじめに企業の正義とは何かを考え、損得だけでなく、世の中の
ためになる企業の存在価値を見つけだす作業から始めなければなりません。アサヒビールが酒類製造でありながら経営理念を「すべての人が健康で豊かな生活云々」としたのは、そういう考えが頭にあったからだと思います。次に、企業を取り巻く環境がどのようにあ
るのか、じっくり見据えなければなりません。また、企業内部がどうなっているのかも見渡さなければなりません。アサヒビールの場合は、外部はシェア10%という厳然たる事実と、内部の営業と販売の救いようのない確執でした。アサヒビールはまず内部の意識改革を行い、次に、積極的に外に向かってマーケティング調査を行い、企業体質をオープンなものに変えていきました。

 つまり、アサヒビールは、自ら企業の性格を変えることに成功したのです。これを「組織変革」といいます。企業も個人も、狭い器量から大きな器量に変わるのは、努力あるいは学習効果によるものだということは、わかっていただいたでしょうか。

 今の閉塞状態にあって、国にも、地方にも、企業にも必要なのはこの「組織変革」であるのかもしれませんね。
アサヒビール成功する企業風土

宮本 紘太郎著
祥伝社
1,600円
「奇跡」には、原因がある。伝説に包まれた復活の秘密と、今後の課題を、内部からの目で冷徹に分析した初めての書。企業史から見た、アサヒビールの「凋落」と「復活」。
アサヒビール大逆転の発想 アサヒビール大逆転の発想―真の経営革新とは何か
飯塚 昭男 著
扶桑社
1,429円
 壮絶な企業淘汰の時代に、なぜアサヒだけがシェアを伸ばしているのか。古い常識をすべて破り去り、顧客志向を極限まで徹底し、変化にダイナミックに対応する。自分のオリジナルな土俵を築き上げ、ライバル企業をもそこに引きずり込む卓抜な戦略を、徹底取材をもとに解き明かす。
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