| ソリューション(問題解決能力) |
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| 文久3年(1863年)、長瀬富郎は、岐阜県福岡村新田で生まれました。 明治20年(1887年)東京の日本橋に長瀬商店を開店、明治23年(1890年)には石鹸工場を創業し、花王石鹸(かおうせっけん)の発売を始めました。 当時の石鹸は、高価な外国製品か、粗悪な国産品の2種類しかありませんでした。富郎は、国産の高級石鹸をつくることにしました。ドメイン(事業領域)を国内でまだ誰もが手がけていない高級石鹸にしぼったわけです。国産なのに顔を洗うことができる石鹸として売り出されれました。この「顔を洗う」という部分を文字って「花王」というブランド名が生まれたそうです。 |
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| 花王石鹸は、はじめから売れたわけではありません。 売るための宣伝ぶりがすごかった。まだ、開通したばかりの鉄道沿いの田んぼに広告塔(野立広告)をたくさん立ち並びました。 汽車の窓から、どんどん「花王石鹸」の文字が目に入ってきます。汽車は、今のインターネットと同じぐらい当時としては新しく、ホームページについている広告のバーナーのような役割をしていたのでしょう。さらに権威付けをするため、有名な大学病院や官庁に試用品を送っては、「○○病院御用達」とか「○○庁御用達」など宣伝文に載せたりしていました。ホームページで、日本銀行のバーナーを張って、「当社は日本銀行の許可を得てリンクを張っています。」などと書かれたものを目にすることがありますが、今も昔も変わらないと言うことでしょ うか。 富郎は、もうけ主義というよりも、我が社の製品は、ほんとうに品質がよいので、世の中のみんなに教えてあげて、たくさんの人々に広めたいという大まじめの気持ちから、大げさな宣伝を行いました。 先代富郎の死後、その子供(二代目富郎)が会社を継いだときは、花王の製品は消費者から次第に飽きられ、資生堂などのライバル社から急激な追い上げを受けている状況にありました。 二代目が継いでも、会社経営の実権は先代からの大番頭たちがしっかり握っていて、彼らは過去の成功体験から脱することができず、保守的な経営を行っていました。 はじめは、会社を継ぐのがいやで神学校に通っていた二代目富郎ですが、一念発起して社長に就いたものの、味方は誰一人としていなく、このままでは飾り者の社長で終わってしまいそうでした。 まず二代目富郎が行った仕事は、自分の考えを手紙としてまとめ、印刷したものを従業員に配布することでした。 「会社は金のためにあるのではない。優良で少しでも廉価な商品を消費者に提供し、社会正義を実現するためにあるのだ」と手紙の中で説きます。 はじめは、お坊ちゃんの気まぐれと思われていた手紙も半年にわたって従業員たちに送り続けられるうちに、一部の従業員に「若社長は本気かも」と思う者もでてくるなど、少しずつ心の変化が見られるようになりました。効果が現れはじめたのです。今のメールマガジンといったところでしょうか。 二代目富郎は、これはと思う若手従業員を自宅に集め「勉強会」を開催します。 外部からも優秀な人材をスカウトし、次第に富郎を支援する人脈を広げていきます。 同時に、技術開発も進めました。冬でも溶けて泡立ちのよい石鹸づくりに技術者達は専念しました。そして、完成した石鹸にキャッチフレーズをつけました。 「産湯の時から花王石鹸」 二代目富郎の反乱がはじまりました。亡き初代富郎の腹心たちが守り続けてきた高級石鹸のブランドイメージがことごとくうち破っていきます。 当時のプロレタリアートを反映して、花王石鹸は「もうかるもうからないは論外の優良廉価な労働者の石鹸」に変身したのです。先代からの大番頭の何人かは去り、人心の一新も同時に図ることができました。 花王は、この後もイメージを「労働者」から「大衆」に変え、戦争が近づくにつれ、今度は「神がかり経営」に変わっていきます。 その二代目富郎も、次第に時代の変化に合わなくなっていき、一代目から続いた長瀬一族の支配から「花王」は独立することになります。 花王に限らず現在まで生き残っている名門企業は、いろいろな時代の嵐に遭遇しながら自己変革を遂げて今まで生き残り続けることができています。 環境の変化に柔軟に対応できた企業だけが生き残っているのです。そのためには、経営者自身が退かなければならなかったこともありました。分社化や統合など形を変えてところもありました。 企業が生き物のように存続できるのは、その企業が社会に貢献できているからではないでしょうか。 つまり、会社が生き残るのは、時代の風をよく読みとり、時代が何を欲しているのかを見極め、その時代に生きる人々が抱える問題点を解決(ソリューション)できるのか否かにかかっているといっても言い過ぎではありません。 |
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「花王」生活文化研究より |
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