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本書の後書きで著者の高島郁夫さんは次のように語る。
『勉強したという覚えがまったくない学生時代
混沌としたサラリーマン時代、
起業したはいいが、暗中模索で過ごした創業期。
しかし、社会は私にたくさんのものを授けてくれました。
何ゆえに私に授けてくれたかのは未だに不明です』
成功者は、そこに至るまでの艱難辛苦を語りがたるものだ。
でも、高島さんにはそういった気負いが感じられない。
高島さんは、社会から与えられた有形無形の資産を使わせてもらって楽しんできたという。
その結晶が「BALS(バルス)」だ。
社会から授かったたくさんブロックを使って造り上げたバルスだから、今度はバルスを社会に還元していきたいという。
当時、高橋さんは福井県に本社を置く家具メーカーの一社員であった。
バルスは、もともと家具メーカーの子会社であった。
事業内容は、ゴルフ場、ホテルなどのパブリックスペースに配置する家具の販売だ。
しかし、商売はうまくいかなかった。
バブルの崩壊と重なり、ゴルフ場やホテルに家具の納入するという回転率の悪い商売は時代に沿わず、赤坂につくったショールームは閑古鳥が鳴いていた。
そんなとき、天王洲にショールームをつくらないかという話がきた。
高島さんは、企業から企業に納入するBtoBよりも、毎日お客に買ってもらう小売りのBtoCをしたいと思った。
高島さんの熱意で、会社の業態とはまったく異なるファッション家具の小売りを天王洲で始めることになった。Francfranc1号店の誕生だ。
その後、バルスはMBOにより独立。高島さんは名実ともにバルスの代表取締役につく。
2002年、ジャスダック市場に上場。
2006年には東証一部に上場。
今ではFrancfrancを中心に年間売上300億規模の小売業を展開している。
高島さんはこの本でマーケティング理論の成功例を示そうとしているつもりはない。
ここまでこれたのは、ただ、ただビジネスに愚直に向かい合った結果だと述べている。
小売業は多種多様であるけれども成功の秘訣はただ1つ。
お客様の心をつかむことだと明言する。
Francfranc(フランフラン)は、生活必需品を売ってはいない。
そこで売っているのは、無ければないで全然困らない商品ばかりだ。
でもお客様はそれを買っていく。
なぜかといえば、お客様の心を探り当てることに成功したからである。
この本は、単なるノウハウではなく、リアルな日々の現場で高島さんが経験したことを伝えるもので、ナマで聴く講演以上の迫力が伝わってくる内容となっている。
デザインは、新しい産業資源として注目を浴びている。
すでにイギリスでは「デザインUK」というキャンペーンを通して、イギリス発の「デザイン」を新しい輸出品として世界に知らしめようとしている。
世界の工場といわれた中国においてさえデザインを資源として捉えようとしてる動きがある。
北京オリンピックや上海万国博覧会を構成する施設の一つひとつに意欲的なデザインが施されていることがその証拠だ。
文明が高度化されればされるほど、デザインの価値はさらに大きく評価されることになる。
日常の食事、入浴、睡眠といったありふれたシーンでさえデザインが求められるようになる。現代のような情報化時代にあって、日本発のデザインがその日のうちにニューヨーク、パリ、ロンドンにリリースされるといっても言い過ぎではない。
Francfranc(フランフラン)で売っている商品は日常に必要な商品ではない。
すべての商品がデザインで勝負している。
商品の意匠はもとより、パッケージ、プライス、店舗での装飾、ショップスタッフまですべてがデザインを構成している。
この本の著者で株式会社パルスの代表取締役でもある高島郁夫(ふみお)さんはデザインこそパルスのコアコンピタンスと考えている。
パルスの原点はFrancfranc(フランフラン)である。
記念すべき第一号店は天王洲アイルのなかにある。
天王洲アイルはベイエリア最大規模の施設として誕生した。
ホテル、劇場、オフィス空間、超高層マンションなど最先端の感性が集結していた。
高島氏はその新しい街をぶらぶらしてひらめいた。
ここに家具のショールームをつくるのはもったいない。
天王洲に衣食住のうち衣と食の店はそろっているのだから、住の店をつくろう。
しかも、一生に数回しか訪れない大型家具の店ではなく、一ヶ月に一度とか一週間に一度は訪れたくなる店をつくろうと思った。
そのためには、店の敷居を低くしなければならない。
雑貨や小物を置こう。
ハウジングとか重厚な家具はいらない。
カジュアルでスタイリッシュな「住」の空間をつくろう。
デザインは、新しい産業資源として注目を浴びている。
すでにイギリスでは「デザインUK」というキャンペーンを通して、イギリス発の「デザイン」を新しい輸出品として世界に知らしめようとしている。
世界の工場といわれた中国においてさえデザインを資源として捉えようとしてる動きがある。
北京オリンピックや上海万国博覧会を構成する施設の一つひとつに意欲的なデザインが施されていることがその証拠だ。
文明が高度化されればされるほど、デザインの価値はさらに大きく評価されることになる。
日常の食事、入浴、睡眠といったありふれたシーンでさえデザインが求められるようになる。現代のような情報化時代にあって、日本発のデザインがその日のうちにニューヨーク、パリ、ロンドンにリリースされるといっても言い過ぎではない。
Francfranc(フランフラン)で売っている商品は日常に必要な商品ではない。
すべての商品がデザインで勝負している。
商品の意匠はもとより、パッケージ、プライス、店舗での装飾、ショップスタッフまですべてがデザインを構成している。
この本の著者で株式会社パルスの代表取締役でもある高島郁夫(ふみお)さんはデザインこそパルスのコアコンピタンスと考えている。
パルスの原点はFrancfranc(フランフラン)である。
記念すべき第一号店は天王洲アイルのなかにある。
天王洲アイルはベイエリア最大規模の施設として誕生した。
ホテル、劇場、オフィス空間、超高層マンションなど最先端の感性が集結していた。
高島氏はその新しい街をぶらぶらしてひらめいた。
ここに家具のショールームをつくるのはもったいない。
天王洲に衣食住のうち衣と食の店はそろっているのだから、住の店をつくろう。
しかも、一生に数回しか訪れない大型家具の店ではなく、一ヶ月に一度とか一週間に一度は訪れたくなる店をつくろうと思った。
そのためには、店の敷居を低くしなければならない。
雑貨や小物を置こう。
ハウジングとか重厚な家具はいらない。
カジュアルでスタイリッシュな「住」の空間をつくろう。
高島さんは「25歳のOL、A子さん」のイメージに近い女性にどんど
んインタビューした。
幸い、Francfranc(フランフラン)にはターゲットと同じ25歳の女性
が3人もいた。
彼女たちの意見を聞きながら、「カジュアルスタイリッシュ」がフラ
ンフランのコンセプトとして決まった。
高島さんたちは仕入れのルートを見つけるため、都内のインテリア
ショップや雑貨店をまわり、めぼしい商品のメーカーをメモするという
ゲリラ作戦に出た。
スタッフの中には、直接、店の人に「自分も店をやりたいと思ってい
るので、こういう商品の仕入れ先を教えてください」と頼んだ者までい
る。
なりふりなど構っていられなかった。
そして胸の高まりと不安のもとにフランフランはオープンした。
1992年7月16日、天気は曇りだった。
昼休みなると近隣のOLが立ち寄り、次々と商品を買ってくれた。
初日の売上げは17万円。
自分たちが選択した商品を気に入って買ってくれるというのは、
すごい感動である。
そのとき高島さんは小売りは楽しいものだなと思った。
フランフランは現在国内97店舗、国外5店舗まで広がっている。
成功したのは、ライフスタイル提案型のビジネスコンセプトが当たっ
たからだと高島さんは分析している。ほかにライバルは現れなかった。
フランフランは感性的にも進化を続けている。
最近は、都会で一人暮らしの25歳のOLというターゲットから年齢軸
を外したという。
25歳に限定するより、若々しい感性という言い方のほうが合っている
からだ。
40代以上のおとなが来店しても感性に共感してもらうことが多いから
だ。
フランフランは機能性やコストよりもエンターテイメント性を求めて
いる。
それがここまで成長できた要因と考えている。
それ以外を軸にしたら、激しい競争原理にさらされ、ここまで成功
できなかっであろうと高島さんは分析する。
家具とかインテリアショップは、ただ見て歩くだけで楽しい気分に
なれるものではない。
タンスやイスや寝具のようにカテゴリー別に並べられた場所で、店員
の視線を感じながら歩いて楽しい気分になれるはずがない。
ところが、フランフランは「この空間はすてきだ」「自分もいつか、
こんな風にインテリアしてみたい」と思わせるような店づくりにこだ
わっている。
フランフランに来店される客はみな「無目的」である。
最初から買うものなんて決まっていない。
冷やかし客で結構。楽しんでもらえばいい。楽しんでもらえば必ず
また来てくれるからだ。店にいる時間を楽しく消費してもらえばいい。
若い女性は、楽しいこと、かわいいことには、気前よく財布を開いて
くれる。一度めは買ってもらわなくても、再来店で高い確率で購入して
くれることをフランフランは知っているからだ。
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