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感動する脳
茂木 健一郎 価格:¥ 1,470
PHP研究所 2008.4.2
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生きていると胸が締め付けられるような苦しい思いや悲しみを味わうことがある。
また、胸がわくわくするような喜びを感じるときもある。
私たちの心は胸の中にあると思いがちだが、実は胸の中ではなく頭の中にある。
脳は記憶だけでなく感情もつかさどる。
いくら勉強ができても幸せになれない人がいる。
それは、脳の中の心に問題があるからだ。
脳の研究者たちが、今、脳の「心」に注目している。
EQ(心の知能指数)は人が幸せに生きていく上でとても重要な役割をしている。
『感動する脳』は、脳の研究者で『脳内現象』『「脳」整理法』など様々な著書で知られる茂木健一郎氏が脳の中の「心」の仕組みについて解き明かした書である。
「知性」については、人間以外の動物にもある。
でも、「知性」に「感性」をからめた判断力は人間のみもつ能力である。
だからこそ、人間の脳がコンピューターに打ち勝つことができるのだ。
脳は知性だけでなく感性についても鍛えなければならない。
二十世紀最大の天才科学者アインシュタインは次のような言葉を残している。
「感動することをやめた人は、生きていないのと同じことである」
人間は、創造的に生きることで「感動」を手に入れることができる。
創造性は芸術家や発明家の特権ではない。
全ての生命が等しく持っている性質である。
生命は進化を続けてきた。
「生きている」こと自体が創造なのだ。
この世には様々な職業がある。
科学者であろうが、サラリーマンであろうが、芸術家、主婦であろうが、絶えず考え続けながら毎日を送っている。
人は生まれて生涯を通じて創造しながら小さな体験を積んでいく。
脳細胞は死ぬまで学習を続ける。脳の神経細胞と神経細胞の連絡が強化されていく。
ちょっと頭を休ませようとぼんやりしているつもりでも、脳は休みなく働いている。
脳に新しいものを生み出す力が備わっているので芸術家になるという考えは間違いだ。 芸術家だって、しっかり勉強して、体験を積んでいるから、優れた作品を残すことができるのだ。
芸術家や学者など、生きる道が分かれるのは、個人の「意欲」や「価値観」の違うためだ。
人は、生まれたときから芸術家になりたいとは思わない。
毎日の体験により「意欲」や「価値観」は形作られていく。
そして生きる目的が立つ。
すると、生きているだけで、その目的に合う情報が蓄積され、また、蓄えられた情報が適宜、側頭葉から取り出されるようになる。
つまり、どのような価値観を持つかで、体験から得られる情報の整理は違ってくる。
同時に二人の人間が同じ体験をしていても、それぞれ価値観が違うので、まったく違う受け取り方をしているのだ。
教育の現場において、詰め込み主義ではなくて、より発想豊かな創造力のある人間を育てなければいけないとして、総合学習が一時ブームになったことがある。
でも、それはうまくいってるとは思えない。
いくらコンピューターの時代だからといって、人間が計算できなくてよいということにはつながらない。基礎的な学力、ある程度の知識や体験は、脳の中にたたき込んでおく必要がある。
いくら自然が大事だからといって子どもを自然の中で連れ回しても、子ども自身が何も興味を持たなければ疲れさせるだけだ。教育のプロであれば最も難しいことではあるが、子どもに意欲や興味を持たせることに力を注がなければならない。
いかに意欲を持たせるか、いかに前頭葉の働きを良くするかにかかっている。
日本車のデザインが劣るのは欲望の教育を子どもに施していないからだ。
低次元の欲望のことを言っているのではない。美意識への高い欲望を持たせるような教育をほどこせば、考える力は養われ、もっと素晴らしいデザインがほしくなる。
効率性ばかりが施された面白くない車ばかりつくられることはなかったはずだ。
人間の脳はたった1つのことから実に多くのことを学ぶようにできている。
本物をいつも見るようにしていたら、本物を見分けることができるようになる。
日本には誇れる文化がたくさんある。
紫式部の「源氏物語」などはその最たるものだ。
その本物感は日本人よりも外国人の方がわかっているように思える。
現に世界中の文学者が「源氏物語」の研究にいそしんでいる。
本物に触れることの大切さは、家の中のコンピュータやテレビの画面では体験できない。本物に接しないと自分の世界はどんどん狭くなっていくと思ってよい。
本物に触れ、感動する体験が多いほど、脳の働きは活発化する。
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