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谷沢永一、するどく辛辣な意見を述べる評論家として知られる。
吉本隆明をはじめ多くの思想家と激しい論争を展開している。
その矢沢が名句集をつくった。
これまで出版されている名句・名言集のたぐいは、ピカッと光る短い辞句を集めただけで、編者がなにゆえそれを名句と認定したのか理由がしっかり書き込まれていないと批判する。
平成16年に出版された『経済人の名言(堺屋太一)』などは短い文句を並べただけで、木で鼻をくくったような省エネ作業の結果であると冒頭から激しい。
それゆえ、自分は名句が意味する内容を誤解の余地無く解明することに力を注いだという。
谷沢は自身の読書論について本書の冒頭で次のように述べている。
「書物をたくさん読んだからとて秀れた効果がみっちりあると限らない。
多読を誇る自己顕示は、他人より多量に煙草を吸ったのを自慢する
のと同じくらい滑稽ではなかろうか。読書の効能は、そのなかかから
自分がどれほど有効な養分を吸収したかの度合いに拠る。
要は咀嚼力の深さが問題であることは申すまでもない」
冒頭から耳が痛い言葉だ。
世間は活きている。理屈は死んでいる。 勝海舟『氷川情話』
時代は刻々と移り変わり、予想を絶するような事態は突如として起きる。
見通しのきかない近未来を論じるエコノミストの役割も終わる。
物事をイデオロギーや建前で論じる時代は終わった。
物事を抽象的な言葉で論じるのは過去の習慣である。
世間は生きている。
起きたことを、しっかり受け止め、これからの方向を間違わないで検討することが重要だ。
司馬遼太郎は小説『項羽と劉邦』で国家についてイデオロギーを次のように表現している。
「人類は、その後も多くの体系を創り出し、信じてきた。ほとんどの
体系はうそっぱちをひそかな基礎とし、それがうそっぱちと思え
なくするために、その基礎の上に構築される体系は、できるだけ
精密であることを必要とし、そのことに人智の限りを尽くされた」
どんなに不器量な女でも、心から保護され、心から愛され、
どして愛を千倍にしてかえそうとするときは、
まばゆいほど美しく変わるものだ
マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』
どんなに精巧に映し出す最新の映写機器をもっても、人間の内面の奥までは映し出すことはできない。
しょせん、人の心は闇である。
しかし、他人から好意を持たれ、相応の礼遇をうけ、期待を寄せられたら、心に蓄えられていた濁水はたちまち明媚な清水と化して澄み渡るのではないだろうか。
生まれつき優れた素質を持っていても、世間が自分を必要としないと思っていると、次第に心は沈み、さびていく。
人は誰しも、心の奥深くに、一種の発光体を持っているのかもしれない。
それ自体は積極的に発光しないが、予期せぬ誰かの愛が波動となって、それは薄雲の隙間から小さな光線が射し込むことでたちまち反応し、強く照り返し、自身の細胞に活力を与えるのではないだろうか。
能力を見込まれた男が、それまで表面にでなかった意外な力量を発揮するのも同じような事情によるものだ。
世の人はかしこきものにて又だましやすく候
西鶴本『万の文反古(よろずのふみほうぐ)』
人は自尊心で生きている。
左遷されたときは、上司が自分の才能を見抜けなかったためとぼやき、
ふられたときは、自分の個性を感じ取るセンスが欠けていたと思い、
同僚が出世したときは、あいつは学閥があったからと拗ねる。
成長とは、自分が持たないものをひとつひとつ確認し、次第にあきらめていく行程だ。
人は満身創痍で生きている。
もし、自尊心という特効薬がなければとてもこの世を生きていけるものではない。
相手をだまそうとするなら自尊心をくすぐり、自分は本当にエライと錯覚させるとよい。
相手を精神的にぶっ倒そうとするなら自尊心の拠って立っているところを見抜き、その根本を痛めつければいい。
人を踊らせるポイントは自尊心である。
幸福だから愛想よくなるとは限らない。幸福な人は自慢屋であり、
教訓家になることが多い。偶然の結果、健康や成功に恵まれたに
すぎないのに、自分の能力のせいだと過信する
田辺聖子『女おっさんの箴言(しんげん)集』
運よく成功すると、自分の気持ちを引き締めるべき「たが」がどうしても緩んでくる。
他人のちょっとした好意で自分を押し上げてくれる場合も多い。
早くから期待され目立った秀才型が予想に反してしぼんでしまうのはそういった事情だ。
人格者が、おのずと身につけた習慣はただひとつ。
それは、おのれの欲望や衝動が暴発しないよう未然に調整する自己抑制の意志力である。
幸田露伴は『努力論』で次のとおり幸福三説を提唱する。
『惜福(せきふく)』 得た福をことごとく使い果たさない。
母の恩恵に感謝し、新衣をみだりに着用しない。
旧衣を平常の福とし、新衣は冠婚葬祭等に用い
るべし。
『分福(ぶんふく)』 得たものを飽食しつくさず、残しとどめること。
その幾分を人に分けいっしょに美を味わうべし。
『植福(しょくふく)』人は、人畜の福利を増進するために植福をする
からこそ社会を発展させてきた。その精神を
忘れるべからず。 |
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