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「プロジェクトX 新・リーダーたちの言葉」
〜ゼロからの大逆転
NHKプロジェクトX制作班プロデューサー今井彰 著( 1,238円)
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「プロジェクトX」は、NHKの人気番組で、戦後、日本の発展に関わってきた名も無き男たちの壮絶な戦いを描いたドキュメンタリーである。
番組のバックに流れる中島みゆきが歌うテーマ曲「地上の星」はメガヒットとなった。
風の中のすばる
砂の中の銀河
みんな何処へ行った 見送られることもなく 〜
現在、日本で、この歌を口ずさみながら、先駆者達の夢と挑戦に思いをはせながら、舞台裏で地道に先の見えない研究や遠大なプロジェクトに携わる者は多いはずだ。2000年4月2日に放送された「窓際族が世界規格を作った」〜VHS・執念の逆転劇〜 は、西田敏行主演の「陽はまた昇る」として映画化されたのでご存じの方も多いと思う。西田扮する日本ビクター本社の技師高野鎮雄は、本社のお荷物と言われ続けている横浜工場に転勤を命じられる。高野に与えられた使命は従業員のリストラ。高野は従業員をリストラするどころか、本社に無断でVTR開発のプロジェクトを立ち上げる。紹介すると長くなるのでここで止めておくが、プロジェクトXは、窓際族、失敗、挫折、孤独・・・等のマイナスの状況から、不屈の精神と努力で立ち上がってきた男たちが描かれており、多くの日本人に勇気を与え続けてきた。本書は、プロジェクトXに登場した16人の先駆者達が残した「言葉」を中心に、人々に感動を与えた姿を余すことなく伝えた良書である。
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戦後、日本のコンピュータ界は、アメリカに大きな後れをとっていた。その中で、日本の技術界に、並はずれた数学力を有し、ミスターコンピューターと呼ばれた男、池田敏雄がいた。池田が所属していた電話機会社「富士通信機製造」は業界売上最下位。それでも、池田はアメリカのコンピューター会社IBMに戦いを挑んだ。
池田の言葉、
「音楽であろうと、コンピューターであろうと、すべては感動から始まる。感動するということは、心の中に何かがダイナミックに湧いた証拠。だから、何かに感動したら、とにかくそれに投入しろということです」
池田とそのチームは、苦闘の末、世界初の全LSI搭載のコンピューターを開発し、アメリカ航空宇宙局NASAに製品を収めることになる。
池田が、生涯追い求めたのは打ち震えるほどの感動であった。大仕事の前に、シューベルトやベートーベンの交響曲に浸り続けた。
「本当に感動する人間になってほしい。感動することを知ったら、その次には何かを生み出そうという力が自然に湧いてくると思うのです」
★★★
アテネオリンピックでまさかの敗退を喫した柔道の井上康生選手の記憶はまだ新しいと思うが、柔道史上忘れられない敗退といえば、昭和39年10月23日、この日のために建てられたといっても過言ではない日本武道館で行われた東京オリンピック柔道無差別級決勝戦ではなかっただろうか。
日本中の熱い視線に見守られる中、天才とうたわれた日本代表神永昭夫選手は、オランダの巨匠ヘーシンクにけさ固めで押さえ込まれ屈辱の一本負けを許してしまう。敗戦の翌日、神永昭夫は勤め先の富士製鉄に普段どおり出勤する。この日から、人間神永昭夫の戦いは始まった。その日の朝刊は「柔らの道はどこへいった」と非難の記事をのせ、巷では、なぜ負けたとからまれる。翌年、網膜剥離(もうまくはくり)をわずらい、現役を引退まで追い込まれた。
しかし、神永は負けなかった。その後明治大学の監督になり、神永は全国をまわり、有望な弟子を捜す。18才くらいの有望株でも一流の選手に育てるには7年から8年かかる。その中に上村春樹がいた。昭和47年のミュンヘンオリンピックで全日本監督を務めるが、このときも無差別級で敗退。監督を辞任し以降はサラリーマンとして歩みながら、後輩の指導に当たった。
昭和50年のモントリオールオリンピックで、ついに愛弟子の上村春樹が無差別級を制し金メダルを獲得。空港で出迎えたサラリーマン神永に上村は金メダルを渡した。
上村昭夫の言葉
「勝負は負けたときから始まる。弱さを知った時から技の工夫が始まるんだ」
★★★
最強の営業マン、井植歳男の言葉
「ライバルは他者でない、お客の心だ」
電気洗濯機は、白黒テレビ、電気洗濯機と共に、戦後日本人の暮らしを変えた三種の神器といわれているが、すぐに広まったわけでなく、特に、電気洗濯機が世に出る時の市場開拓は困難を極めた。
「洗濯は女の仕事だ」、
「そんな贅沢なもの、夫に買ってなんて言えません」
と、市場の反応は冷たく、販売店も、店頭に電気洗濯機を置くことをためらうほどであった。
兵庫県淡路島に生まれた井植歳男は、14歳で船員になるが、事故に巻き込まれ、義兄が興した会社に拾われる。そこで天性の営業力を発揮し、会社の発展に大きく寄与する。義兄の名は松下幸之助。事業は「二段ソケット」の販売であったが、売れずに資金は底をついていた。井植は、問屋や小売店を体当たりで回ったが、惨敗。それでもめげずに新橋や上野の夜店を1軒1軒回り、商品を置かせてもらう。松下電器は10年で大企業に躍進したが、井植自身は、戦中、軍需産業に関わったとしてGHQから公職追放の処分を受け、再び裸一貫の身となってしまう。
井植は、銀行から借金して会社を興す。外国の輸入洗濯機を分解して、国産の洗濯機の製造に手がける。その頃、ライバル東芝でも洗濯機の製造を始めており、勝てっこないと弱気になる社員たちを「ライバルは他者でない。お客の心だ」と叱咤した。
井植は、旅館や食堂など女性たちと話し込み、落ちにくい汚れは何かなど入念に調べた。その結果口紅は洗濯の前に石鹸で軽く手荒いとか、血液は大根おろしで落とせるといった情報を集め、それを洗濯機に付ける洗濯マニュアルに集大成した。
「一家の主婦が洗濯に疲れ、家事に疲れて倒れ込んだら、どうしますか」、
「女性が洗濯板で洗濯すれば、卵2個分カロリー消費、時間のロス、肩のこりなど、これらを換算すると280円のロスですよ」
並は外れた営業力で人間ブルドーザーの異名をとる井植歳男は駆け回った。三洋電機株式会社の創業者井植歳男はこうして家電の時代を切り開いた。
★★★
ダイエーはやっと、産業再生機構の支援を受けることを決意したようだ。このような屋台骨を揺るがすような騒ぎになったのは、ダイエー自身が大きくなりすぎて、融通の利かない、いわゆる「大企業病」を患ったことが原因といわれている。
時代の先端を行くソニーは、ダイエーとは対極にあるように思えるのだが、「ソニーは大企業病にむしばまれている」というせりふを残して辞めた男がいる。彼の名は大槻正。光磁気ディスクを開発した功績がありながら、大きくなりすぎた組織を批判して、平成6年にソニーを辞職。ゲーム機メーカー「ナムコ」で開発部長の要職についた。
2年が経ち、大槻はソニーから呼び出しを受ける。秘密の開発室に通され、見たものは、犬の形をしたロボット、ところが失敗したらしく、基盤もモーターもむき出しで、四本足は、バランスを崩していた。大槻はそれを見て、技術者の血が再び熱く騒ぎだし、ソニーの意向を受け入れ、ロボット開発チームにリーダーとして迎えられる。
大槻は、メンバーを甘やかさなかった。「ロボットの動きがぎくしゃくしている」、「歩みがのろい」若い技術者たちはロボットだから当たり前だと切れた。それでも大槻の燃えるような情熱に次第に押されていく。
「情熱を持ったプロフェッショナルになってほしい。不安を取り除いてくれるのは情熱だ」
メンバーは不眠不休で開発に取り組んだ。完成したロボット犬はAIBO(アイボ)と名付けられた。名前は、AIと「相棒」の2つの意味を備えているらしい。
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プロジェクトX リーダーたちの言葉 ゼロからの大逆転
NHKプロジェクトX制作班プロデューサー今井 彰 著
1,238円
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