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私(主人公)は大雪で閉鎖されてしまった空港に取り残されてしまった。
何千人という不機嫌そうなビジネスマンたちとターミナルビルで一夜を過ごすことになった。
「私」は真面目に一生懸命働いている。
仕事だって手際よくこなしてきた。
なのに一向に出世できない。
不満を周りに漏らしても「仕事があるだけいいじゃないか」と返ってくる。
特に人間関係も悪くない。
仕事もハードを極めるというようなこともない。
週に50時間働いている。
来週も、その次の週も、その次の次の週も・・・
そうやって一年が過ぎていく。
なのに昇給といえば雀の涙。
鬱々としている「私」の前に見知らぬ老人が現れる。
老人はこちらの気持ちや感情などくみ取る様子もなく「私」に次のような質問を浴びせた。
「仕事は楽しいかね?」
この質問をきっかけに、「私」と老人の空港での奇妙な一夜の物語が始まる。
老人の名は"マックス"
「私」は後で知るが、彼は変わり者で、起業家として巨万の富を築いた起業家でもある。
これは、老人マックスが、仕事にも人生にも行き詰まりを覚えている「私」をリトライに燃え立たせるまでの仮定を描いた物語だ。
やさしい語り口で書かれていながら、読む者の心に火をつける力強さを秘めた自己啓発書でもある。
老人は「私」の話を聞いているうちに「ある言葉を連想した」と言って、その言葉を「私」に教えてくれた。
『スタグフレーション』
"退屈"と"不安"が同時に起きるスタグフレーションだ。
近頃は、給料は上がらないのに、責任だけは重くなっていく。
昔のように出世することはないのに、ますます多くのものが求められるようになっている。
つまり、現代のビジネスパーソンは、普通では両立しない"退屈"と"不安"が同居しているのだ。
したくもない仕事を続けている。しかし、同時にそれを失うことをおそれている。
老人マックスは「私」に仕事に対する考え方を次のように話した。
「時間や進歩は直線的につながっていて、その果てに目標があり、努力すれば必ず目標に達するということを我々は教えられ育ってきている。でも、それは間違いだ。人生はそんなに規則正しいものではない。むしろ規則から外れた人の方が、いろいろな事が学べるように人生はなっているんだ」
「私」にはマックスの言うことが理解できない。
マックスはお構いなしに先を続ける。
「たいていの人は、マンネリ化した生活から抜け出すために目標を設定する。
でも、今日、目標を設定したとしても、明日になるとその目標自体がマンネリになってしまうんだ。あえて目標を定めるとしたら、次の一つだけに絞るべきだ」
マックスがあげた唯一の意味のある目標は次のとおりだ。
『明日は今日と違う自分になる』
「私」には、マックスの言っている意味が今ひとつわからない。
でも、妙に納得する部分があった。
「私」はこれまで、自分の人生を変えようとあらゆる自己啓発ツールを試してきた。でも、これまで何も変わっていないということは確かに言えるからだ。
スティーヴ・ウォズニアックは最初から大企業のトップになろうなんて思ってもいなかった。自分でコンピュータを組み立て、友達に自慢したかっただけだ。その後、友達にアドバイスされアップルをつくった。
億万長者のゲイツは自分で工夫したやり方でコンピュータに仕事をさせることに快感を覚えた。少なくともお金に突き動かされて行動したわけではない。
結果論といえばそれまでかもしれない。
でも、彼らはとにかく楽しんでいろいろやっていた。
参加者千人がコイン投げゲームを始めたとする。
1回目で500人が負け、2回目で250人が負け・・・・
7回投げ終わると8人しか残らない確率だ。
最初から万全の体制でのぞみ、準備に準備を重ねて人生の大勝負に出て、やっと表を出したとしても、次回また表を出すとは限らない。
それよりも、毎日毎日、違うことを試して楽しむことだ。
そのときはコイン投げの名人に見えても、実はずっとコインを投げ続けた結果であることを知らなければならない。
結果だけをみれば、すごいと思う。
でも、彼らは何度も何度も失敗を重ねながら、それでも楽しんで、昨日と違うことをやってきて得られた結果なのだ。
マックス老人は「私」に空前のヒット商品の解説を始めた。
アトランタに変な薬屋がいて、フランスワイン色のコカの木とか、人生を三倍楽しむ丸薬など変な名前のクスリを売っていた。ある日シロップ上の頭痛薬を水で割って飲んだら美味しかったのでこれにソーダ水を入れてシューッと泡を出したらコカ・コーラになった。
リーバイ、ストライスという若い行商人がサンフランシスコ行きの船に乗った。品物は売れに売れ、売れ残ったのはテント用の汚い帆布だけだった。サンフランシスコに着いた。市場でズボンが品薄と聞いて、残った帆布でオーバーオールをつくって売ったらバカ売れした。リーバイスの始まりだ。
世の中に、計画どおり進んだ結果なんて滅多にあるものではない。
計画立案者よりまぐれ当たりの専門家がもっとほしいところだ。
計画よりもさきに何かをやってみて、ろくでもないアイデアだったことがわかれば、二度失敗はしない。それだけでも素晴らしい進歩なんだ。
試してみることに失敗はないんだ。
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