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「90対10の公式」はご存じであろうか。
いやなことを言われたら誰だって不愉快になるが、不愉快になる原因は、100%相手にあるのではなく、実は90%が自分自身の中にすでにあるという法則だ。
これだけではピンとこない。
『自分の小さな「箱」から脱出する方法』は、まさに、この「90対10の公式」について260ページを超える物語の形を借りて、骨の髄までわからせる啓発書といってよい。
近頃、アメリカでは、この手の物語形式の啓発書がよく出版されている。
単に人生の法則を紹介するだけでは、そのときは理解したつもりでも、読み終わると忘れてしまうことが多い。ところが、物語として読むと、主人公に感情移入するので、あたかも自分が経験したような気持ちになり、読み終わっても記憶として深く刻まれることになる。
一冊の本を読み終わって人生が変わるというような貴重な体験をされた方は滅多にいないと思う。しかし、今週紹介する『自分の小さな「箱」から脱出する方法』は、その可能性が高いと言わざるを得ない。
この本の監修者、金森重樹氏がまえがきで次のように書いている。
「我々がこの世で受ける苦しみは、それぞれが脈略なく発生しているようでいて、その根本の原因を作り出している発生源が、他ならぬ自分自身のものの見方であることが人生において存外に多いのかもしれない」
まさに、これが本書の全体を通したテーマであり、そのことを、ただ頭で理解させるのではなく、物語の中で、これでもか、これでもかと繰り返し、読者の心を揺さぶり、訴える。
そして読者は、自分をとりまくトラブルの原因が何であるか、頭ではなく心で知ることができるのである。
本書は、自分を取り巻く人間関係に関する多くの問題を一挙に解決する力を秘めている。
物語の主人公「私」は、自分ほど努力してきた人間はいないと思うほど、しっかり仕事をこなしてきたし、それに応じた役職も得ることができたと思っている。
その「私」が変わり者で有名な副社長バドに呼び出され、バドから個人研修を受けることになった。
バドは会うなり「私」に、「君には問題がある」と宣告される。
ショックを受けぼう然としている「私」にお構いなしにバドは続ける。
「そのことは職場の人間も知ってるし、奥さんも知ってる。ご近所の人も知ってる。問題なのは、君自身がそのことに気づいていないということだ」
バドはそれがどういうことか自分の経験を引き合いにして「私」に説明してくれた。
妻は、前の晩に一人で家にいたバドが食器を洗わなかったとことにひどく腹を立て、バドは妻のその逆上ぶりに驚くということがあった。バドは出勤の時間だったので議論を続けるわけにはいかず、「ごめん」と誤り、千分の一秒くらいの短いキスを妻にして出かけようとした。妻は小声で言った。「ごめんなんて、心にも思っていない」
それ以来、しばらくバドとその妻の冷たい関係が続くことになる。
人間は、相手が自分をどう思っているのか感じ取ることができる。
見せかけの親切の下に隠れている非難は、簡単に感じ取ることができるのだ。
「人間関係は、テクニックよりも、もっと深いところにあるもので決まる」とバドは言った。それが「私」の問題でもあると付け加えた。
「私」はバドに対して、もっと深いものとは何かと食い下がった。
バドは答えた。
「自己欺瞞。言葉を変えれば、箱の外にいるか、中にいるかだ」
自己欺瞞に冒されている人(小さな箱の中にいる人)の例としてバドは今度は飛行機の話を持ち出した。
全席自由席のフライト便に乗ったときの話だ。
運良く窓側の席を見つけ座ったバドは隣の座席に荷物を置いた。
まだ、席を見つけていない乗客が次から次に乗ってきたが、バドは動じなかった。
バドは、他の席を探している人たちを"脅威"と見ていた。
"やっかいもの"、"問題の種"といってもよい。
バドはそのとき、他の人間の望みやニーズを尊重する気にはなれなかった。
それから6ヶ月後、バドは妻と旅行するとき、今度は全席指定の飛行機に乗ったが、発券ミスで、バドと妻はばらばらの席になってしまった。飛行機はほぼ満席で、アテンダントは、二人を何とか一緒に座らせようと四苦八苦していた。そのとき、見知らぬ女性がやってきて、自分の隣の席が空いているので、そちらにどうぞと席を譲ってくれたのである。
その女性はバドとその妻を"やっかいもの"とか"脅威"とは見ていただろうか。
そうではなく、夫婦で一緒に座りたくて席を探している人たちと見たわけだ。
バドは、自分の隣に誰か座るのではないかと、不安で、びりびりして、いらつき、他人を脅威と感じていた。
女性は、他の乗客が、陽気であろうが陰気であろうが、手荷物をいっぱい持っていようが、ともかくどこかに座らないといけない人間と見ていた。
つまり、バドは箱の中に入り、自分はモノに囲まれた一個人として感じていたのに、
女性は、箱の外にいて、他の客を自分と同じようにまっとうなニーズや望みを持った人々として見ていたわけだ。
成功者はいつも箱の外にいて、物事を真っすぐ見ている。
そのことに、気づかなければならない。
バドの息子がまだ赤ちゃんだった頃の話だ。
妻と一緒に寝ていたら、息子の泣き声がして、バドは目が覚めた。
妻は寝ている。バドは起きあがって息子をあやすべきだと考えた。
ところが、どうしても起きることができなかった。
時計の針は午前1時を超えている。
バドは疲れている妻のために、そっと起きて息子を抱っこしようと思った。しかしできなかった。自分自身の感情を裏切った。ベッドに入ったまま息子の泣き声を聞いていた。
バドは寝ている妻のことを『怠け者』と思った。
もしかして、妻は狸寝入りをしているのかもしれない・・・
バドは息子をあやさなければいけないと自分が素直に感じたことに逆らった瞬間、妻のことを『怠け者』と思いはじめた。
つまり、自分の感情に逆らった瞬間、自分の行動について正当化の作業をはじたのだ。 そのうち、周りの世界が、自分へのうらぎりで満ちていると思えてくる。
自分の感情にそむいたことで、真実とはまったく違う逆の見方をするようになってしまうのだ。バドの場合、妻を見る目がゆがんでしまった。
人は、自分の感情に背いたときに、自分への裏切りを正当化するために、「箱」にいる。
どうやったら、箱の外に出られるか「私」はバドに尋ねた。
「人は自分の小さな「箱」からどうやって抜け出すことができるのだろう。
私たちは、自分の小さな「箱」のために、妻や息子、会社の同僚たちに対して何と言うことをしてしまったのだろうか・・・相手のことを思い、自分の過ちを悔やんだときに、自分は箱の外に出ていることになる」
箱の外に出たい、相手のことを人間として見たいと思った瞬間に箱の外に出ることができる。
相手を、自分と同様きちんと尊重されるべきニーズや希望や心配事を持った一人の人間として見はじめたその瞬間に箱の外に出ることができるのだ。
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