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受験や資格取得のためにがんばろう、
キャリアを積むためにがんばろう、
夢の実現のために起業の準備を進めよう、
年の初めに誓いを立てた方はたくさんいらっしゃると思う。
でも、世の中は誘惑や危険でいっぱい。
元旦の誓いもいつのまにかくじけてしまう。
そして、安易な道を歩んでしまう。
誰もが、これまで絶好のチャンスに関わらずこれを逃したり、悪しき習慣に染まったりして、どれだけ貴重な時間を浪費したことか。
というよりも、いまだに現在進行形で時間を浪費している人は多い。
人生をもう一度やり直したいという気持ちもわかる。
でも、まだあきらめないでほしい。
誰もが生まれつき、何か一つは抜きんでた才能を備えているはずだ。
それは、数学かもしれない。あるいは、作家、演説か、芸術かもしれない。
自分に素直になり、本来の才能を思い起こすべきだ。
持って生まれた天分を、すぐれた「忍耐力」をもって、伸ばし続ければ必ず成果として現れる。
価値のあるものを手に入れようとするなら必ず努力が必要となる。
頭脳は、野放しにしていると野生の馬のようにあちこちを駆け回り、一つのところにとどまろうとしない。
この野生の馬(頭脳)を飼い慣らすために、徹底的に考え抜く訓練を自分に課す。
膨大な知識をたくわえることより、頭脳を鍛えることの方が大切だ。
私たちがものを覚えないのは集中力が足りないせいだ。
いくら気分を変えてみたところで、集中力は戻ってはこない。
自分の部屋に腰を落ち着け、難しかろうが面白くなかろうが、しっかりと注意を傾けて勉強しよう。
忍耐力と注意力は同じだ。
忍耐力がなければ頭脳は鍛えられない。
考え続ける力を養おう。考え抜く力を獲得しよう。
サル真似は頭を悪くする。
サル真似で一角の人物に成れた者はいない。
一時は世間の寵児としてもてはやされるかもしれない。
しかし、またたく間に墜落してしまいその屍は生前の華やかさの微塵も残さないであろう。
知識も大事だが、まず自分で考えたり行動することを学ばなければいけない。
学ぶことのもう一つの目的に「判断力」の養成がある。
たとえば判断力が身につくと、読むべき本とそうでない本の見分けもつくようになる。
そうすることにより、(価値はなくても)一番新しく読んだ本が最もすばらしいと感じてしまうようなことはなくなる。
いかに「頭」を使わないですまそうかと考えている人がいる。
しかも、一日中、いかにして「頭」を使わないで済まそうかと考えている人もいるくらいだ。
頭は使いすぎて衰えるようなことはない。
むしろ極限まで働かせ、鍛え抜いた方が、ますます頭を丈夫にすることができるのだ。
勉強中の数時間は休みもなしにぶっ通しで頭を使い続けることだ。
それを身につければ。一定の時間さえ与えられれば、どのような難問にも対応でき、必ず成果を上げられるようになる。
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